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カテゴリー「長崎県外」の25件の記事

2014年10月15日 (水)

肉形石を観るー特別展「台北国立故宮博物院」九州会場

台湾故宮博物院の宝物が九州にやって来るというので、九州国立博物館まで見に行った。

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2014年9月19日 (金)

熊本で「太平燕」を食べてみた

先日熊本に行く機会があったので、熊本の郷土料理だという「太平燕」を食べてみました。

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2014年7月20日 (日)

筑豊の石炭王伊藤伝右衛門邸宅跡

NHK朝ドラ「花子とアン」16週、蓮子がとうとう駆け落ち。そこで、所縁の地福岡県飯塚市の旧伊藤邸を訪ねてみた。

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2014年1月20日 (月)

第7回九州人形芝居フェスティバルー福岡県福津市

1月19日(日)、「勝浦人形浄瑠璃」の地元福岡県福津市で、九州人形芝居フェスティバルがあったので見に行きました。

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2013年11月 6日 (水)

西洋的美意識?秀吉の黄金の茶室ー「秀吉の宇宙」展

佐賀県立名護屋城に、黄金の茶室が展示されているというので、行ってみた。

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2013年6月 6日 (木)

豊前国府跡

ドライブの続き。カーナビは確かに便利なのだが、近道と称して幹線道路でもない細い道を走らされるのには閉口する(汗)

福岡県京都郡みやこ町に「豊前国国府跡」が、公園として整備されている。豊前国の政庁として8~12世紀まであったそうだが、このうち10世紀ごろの建物を中心に復元しているとか。

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福岡県の指定史跡だとか。前回紹介した上毛郡衙跡の方が、格式上ですねえ(笑)

例によって、建物の配置はコチラをどうぞ↓


より大きな地図で 豊前国国府跡 を表示

2013年6月 4日 (火)

豊前国上毛郡官衙跡

梅雨の中休みを利用して、豊前国方面へドライブに出かけた。高速を使って片道3~4時間、気ままな一人旅です(笑)

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国道10号線を中津市から豊前市へ抜ける途中の道の駅に気になる看板があったので、立ち寄ってみた。

「国指定史跡大ノ瀬官衙遺跡(だいのせかんがいせき)」

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奈良時代、豊前国上毛郡衙政庁跡。保存状態も良く、律令制の地方官衙の一形態を示す貴重な遺跡だとか。
「正殿」と「脇殿」、それを囲む柵列が、芝生の中に地上絵のごとくあるのですが、周りに高い場所が無いので、うまく写真に撮れない(汗)

こちらで確認↓


より大きな地図で 大ノ瀬官衙遺跡 を表示

2012年12月20日 (木)

扇型機関庫と転車台跡ー大分県豊後森駅

JR久大線豊後森駅その廃墟はあった。昭和9年(1934)、久大線が全線開通したのに合わせて完成した施設。「蒸気」から「ディーゼル」への移行が進んだことから、昭和45年(1970)に廃止になった。

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逆光なのが、少し残念(汗)。結構大きな施設です。

残念ついでにもう一つ。大分方面に向かう「ゆふいんの森号」ですが、慌てて撮ったらこうなりました(汗)。

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より大きな地図で 大分県玖珠郡玖珠町 を表示

2012年12月13日 (木)

大分県伐株山‐中世の山城跡

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 前回紹介した伐株山。車で登れると云うので、登山口が判り辛かったが登ってみた。

 山頂付近は芝生広場になっており、パラグライダー等を楽しむ人たちもいました。その広場の入口に説明板があります。

 ここは、その昔「伐株山城」あるいは「玖珠城」と呼ばれた山城で、古くは南北朝時代に南朝方が立てこもったと云う記録もあるようです。また戦国時代には、島津軍の侵攻に対して玖珠郡衆が籠城して戦ったそうな。この城は周囲を崖に囲まれた天然の要害で、難攻不落であったようです。

 今でも広場のあちこちに、土塁のようなものがあるのですが、公園化されているためか、あまり「!」ときません(汗)。

 またこの山頂から眺めるパノラマは玖珠盆地を一望でき、素晴らしいです。

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2012年12月10日 (月)

大分県伐株山‐巨木伝説

 豊後の国風土記で、玖珠郡の地名の由来として昔あった巨大なクスノキに因むと記されています。

 またこの地方の民話に、昔巨大なクスノキがあって、この地はほとんど日が当らなかった。それで困った住民はクスノキを伐り倒してしまった。その名残が伐株山であると。

ちょっと詳しく

昔々、玖珠盆地に天にもとどきそうな大きなクスノキがありました。田畑は大木の陰になって作物も育たず、村人はたいそう困っておった。「なんとかあのクスノキを伐り倒すことはできないものか」村人はくる日もくる日も相談したそうな。そして、腕自慢のきこりに頼んで伐ってもらうことにした。

きこりは仲間5人と共に、暗くなるまで鋸を引いていました。暗くなって家に帰り翌朝来てみると、驚いたことに昨日暗くなるまで伐った切り口が見つかりません。仕方ないので、昨日伐り始めた場所と同じところを伐った。ところが次の日もまた次の日も、切り口が消えてなくなっているではないですか。きこりたちは途方にくれました。

そんなある日、身の丈九百尺もある大男が村にやってきました。そしてきこりたちに代わって伐ってやることになりました。ところが、いくら切っても翌朝には元通りに直っていました。

さすがの大男も困り果てていると、クスノキの上の方から下りてくるものがありました。それはヘクソカズラの精でした。ヘクソカズラの精が云うには、

「私たちはこのクスノキから養分をもらい、そのお礼に汁を出しで傷口を治しています。ところが、私の出す汁か臭いと云ってこの木が嫌がるのです。
この木がまだ小さいころからずいぶんかわいがってあげ、私が臭いお陰で虫もつかず、病気にもならず、嵐で傷ついてもすぐに治してここまで大きくなったのに私のことを『臭い、臭い』と嫌がるのです。あまりの恩知らずに腹が立ったので、この木を切り倒す秘伝を教えましょう。毎日伐っただけの木屑を焼き捨ててしまえばよいのです。」

それから大男やきこりたちは、ヘクソカズラの精が教えてくれた通り毎日その日の切りくずを焼き捨て、焼き捨てては伐りして、三年三カ月かけてこのクスノキを伐り倒すことが出来ました。

玖珠盆地や日田盆地は元々湖だったのが、大木が倒れ湖の土手が切れて水が流れてしまったそうな。木屑を焼いたところが「はんざい(今の寺山)」クスノキの先端が長崎、落ち葉の跡が博多、葉の流れ着いたところが斯波、その切り株が伐株山だと云われています。「玖珠」と云う地名もこの楠の大木に由来します。

また、倒された大木は中をくりぬき二百人乗れる日本一大きくたいへん速い丸木舟を造ったそうな。

おしまい

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 標高685.5mのこの山の地質、巨木の跡なら「珪化木」だと思うのですが(笑)。長崎から大分へ車で行く時は必ず通るので、とても馴染みのある山です。最近、車で登れることが判ったので行ってみた。その話はまた今度(汗)。

より大きな地図で 大分県玖珠郡玖珠町 を表示

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