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カテゴリー「伊能図」の3件の記事

2012年8月10日 (金)

伊能図見聞3-島原半島山越えコース

 島原半島をよく見ると、御城下から反対側の千々石まで山越えのルートがあります。地名に「魚洗川内」を発見。以前「魚洗川D遺跡」で紹介したあたりです。まさか「伊能図」に記載されているとは(゚0゚).。

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 今回のフロア展では、時間を忘れて楽しませてもらいました。戊辰戦争の舞台(大村藩が活躍した)角館周辺も見てきました。(刈和野はあったが、角館が見つからず)。

 そういえば、霞ヶ浦が記載されていなかったような。何故だろう?

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2012年8月 8日 (水)

伊能図見聞2-西日本探訪

 前回に引き続きフロア展の2回目、まずは上方に行ってみました。

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 京の都と大坂です。淀川河口の白い部分は未測量です。人が歩いたためにすり減ったわけではありません。念のため(笑)。

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 中国地方は内陸まで詳しく調べているようですが、四国地方は空白が目立ちます。九州地方もよくできています。

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 天領長崎。出島まではっきり描かれています。町割りが描かれている都市は、見たところあと大坂ぐらいですね。京の都ですら碁盤の目のようになってません。

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 五島、壱岐、対馬、隅々までよくできています。

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 左、平戸の御城下です。平戸領内の分は地元の博物館に所蔵されているとか。右は佐世保湾周辺。北岸が現在の佐世保市中心部。南に、南蛮貿易で栄えた横瀬浦があります。

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 大村湾と大村の御城下です。「鯛の浦」と書かれています。大村湾の別名としては通常「琴の湖」と表現するので、「鯛の浦」というのははじめて聞きました。大村湾と佐世保湾の境に針尾島が横たわっていますが、その島の佐世保湾側に同じ地名があります。当時の名称としては正しいのか、勘違いなのか?
 また、海の名前を記載した個所がほかの地域には見つけきれませんでした。湖の名前は記載されているので、ここも湖という認識だったのかも知れません。

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 島原の御城下。寛政4年(1792)の雲仙岳の噴火に伴う眉山の崩壊で出来た九十九(つくも)島も描かれています。

 続きはまた今度。

2012年8月 6日 (月)

伊能図見聞-「伊能図全国巡回フロアー展IN佐賀」

 先日ネット上を検索していると、佐賀市で伊能図のフロア展をやっているというではないですか。しかも期間が3・4・5日の3日間と短い。これは行くしかないと思い、即実行。

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 佐賀市城内2の記念体育館に入ると、まず2階に案内されます。と、体育館一面に広げられた大中小3組の伊能図が目に入る。最初に伊能図の大きさを実感させる演出が何んとも良い。しかも地図の上を歩ける。「いい!」。早速1階に降りて探索しました。

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 蝦夷地も国後や宗谷岬まで正確に描かれています。

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 お江戸と鎌倉付近です。まだ写真はありますが、容量が足りないみたいなのでまた次回。

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