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2014年3月22日 (土)

口之津南蛮船来航の地

島原半島南端、口之津港を開港したのは永禄5年(1562)のことでした。

開港したのは、島原の戦国大名有馬義貞。同じ年西彼杵半島の横瀬浦を開港した大村純忠は、義貞の実弟になります。それから20年、口之津港は南蛮貿易の地、キリシタン布教の拠点として栄えることになります。ルイス・フロイスが本能寺の変をヨーロッパに発信したのもこの地だったとか。

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この碑は、現在の港の側を走る国道から、少し山手に入った場所にあります。だいぶ埋め立てているようです。

より大きな地図で 南島原市の史跡 を表示

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

ご訪問、ありがとうございます。
また遊びに来てください。

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