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2014年2月 5日 (水)

弥生時代に火葬?-大村市竹松遺跡

平成26年2月5日付の新聞記事を紹介します。

長崎県教育委員会の発表。弥生時代後期(1,800~1,900年前)の祭祀遺構と墳墓群を発見した。

祭祀遺構は1.8×2m、深さ20㎝の穴で、人の骨が砕かれてまかれている状態。人骨は他の場所で火葬されたらしい。ガラス玉や鉄製小刀などの当時貴重だった品も出土していることから、故人を弔う儀式が行われたと考えられるとか。火葬を示す遺跡は西日本で初めてのようです。
※東日本では新潟や茨城に出土例があるようです。

墳墓群は、大村湾沿岸にふつうにみられる箱式石棺墓21基と、北部九州を中心に分布する甕棺墓3基など計39基。そのうち箱式石棺墓2基に墓標が見つかった。
この時代の墓から墓標が見つかるのは珍しいでしょう。葬られた人の名前はなかったのでしょうか?


より大きな地図で 竹松遺跡 を表示

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