明治五大監獄の一つー旧長崎刑務所跡
諌早市の旧長崎刑務所跡は、明治の五大監獄の一つです。
明治41年(1908)に長崎市内から移転し、平成4年(1992)諌早市小川町へ移転しました。跡地は現在ショッピングセンターになっています。
旧司法省の技師山下啓次郎の設計で、明治40年(1907)に完成しています。軒下には小さなアーチが連続する装飾と、開口部に石と煉瓦を交互に配置するなど、デザイン的に優れているとか。
建物全体を文化財として保存する動きもあったようですが、正門跡だけが残っています。
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