古代彼杵郡衙が近くに?-大村市竹松遺跡の発掘調査より
昨年に引き続き発掘調査が行われている大村市竹松遺跡。古代彼杵(そのぎ)郡衙の存在を窺わせる文字資料が出土したと云うので、早速行ってみた。
10世紀ごろの紡錘車で、「都(つ)」「木(き)」のふた文字が刻まれていました。「都」は「港(津)」を意味し、「木」は「彼杵」を意味するとか。すぐ近くに郡川が流れており、その河口付近に港があったと推定されます。近くには条里遺構もあり、この辺り一帯の地名を「郡(こおり)」と呼ぶことから、昔から彼杵郡衙の推定地の一つとされてきました。
因みにもう一つの推定地は、ここから北に位置する東彼杵町彼杵地区です。こちらは、弥生時代から古墳時代にかけて「彼杵郡」の中心だったと考えられています。
但し調査は始まったばかりで、紡錘車も特定の遺構から出土したものではないとか。瓦なども出土していないようなので、ここに役所や港があったと云う事ではないようです。周辺の発掘調査から「郡地方」の集落の中心は国道34号線の海側と考えられています。
残念ながら写真は撮らせてもらえませんでした(汗)
月末に一般公開されるようです。
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