大分県伐株山‐中世の山城跡

前回紹介した伐株山。車で登れると云うので、登山口が判り辛かったが登ってみた。
山頂付近は芝生広場になっており、パラグライダー等を楽しむ人たちもいました。その広場の入口に説明板があります。
ここは、その昔「伐株山城」あるいは「玖珠城」と呼ばれた山城で、古くは南北朝時代に南朝方が立てこもったと云う記録もあるようです。また戦国時代には、島津軍の侵攻に対して玖珠郡衆が籠城して戦ったそうな。この城は周囲を崖に囲まれた天然の要害で、難攻不落であったようです。
今でも広場のあちこちに、土塁のようなものがあるのですが、公園化されているためか、あまり「!」ときません(汗)。
またこの山頂から眺めるパノラマは玖珠盆地を一望でき、素晴らしいです。
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