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2012年9月 4日 (火)

大村藩三十七士の碑

 大村市円融寺跡、現在の護国神社本殿脇に、大村藩勤王同盟三十七士の碑が並んでいます。彼らは、幕末に兵制改革で西洋銃隊を編成、薩長との提携を進めるなどの活躍をしました。また、同志松林飯山が暗殺されたのを機に佐幕派を粛清、藩論を勤王に統一しました。戊辰戦争では新政府軍として活躍し、その功により3万石の賞典を受けています。その後の新政府で活躍した人も多いようです。

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 石碑は明治36年に死没順に21基建てられ、その後大正6年までに37基がそろいました。

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