大智庵城跡-宗家松浦氏の居城
佐世保市大野地区、県立佐世保工業高校正面の丘の上に、その城跡はあります。中腹の「大智庵長名寺」まではなんとか車で行けます。そこから長い階段を上っていくと本丸跡があり、城跡公園として整備されています。
宗家松浦氏は、はじめ相浦の武辺城を居城としていましたが、延徳2年(1490)第14代定(さだむ)の時、交通の要衝であったこの地に城を築いたといわれます。
しかし8年後の明応7年(1498)、平戸を拠点に勢力を伸ばしていた平戸松浦氏の夜襲を受け一夜で落城。宗家松浦氏15代政(まさし)は討ち死に、子の幸松丸は平戸に連れて行かれます。幸松丸はその後旧臣に救出され、宗家16代親(ちかし)として旧領を回復、飯盛城を築きます。宗家松浦氏と平戸松浦氏の対立はその後も続き、最終的に平戸松浦氏が宗家松浦氏を滅ぼすのですが、親は戦死者の菩提を弔う事業を多く行っており、この公園にある「松浦丹後守政の墓」もこのときに建立されたもののようです。
現在佐世保市指定文化財になっているこの墓は、元々別の場所にあったものを戦前に移したものであるとか。安山岩の宝きょう印塔で、佐賀県側で製作されたもののようです。ちなみにここからひと山越えれば佐賀県伊万里市に出ることが出来ます。
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