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2012年7月31日 (火)

明治7年の金星観測-長崎市星取山

 ハタ揚げで有名な長崎市の唐八景公園から長崎港を見下ろすと、電波塔のある山が目に入ります。「星取山」といいます。元は「大平山」という名前でしたが、明治7年(1874)、ダビットソン率いるアメリカ隊がこの山で金星観測を行ったことから改名されました。

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Img_7021 Img_7022

 路線バスが朝夕1往復しています。頂上一帯は電波塔が数本立ち並んでおり、入口に説明板がある程度です。

 この時明治政府は、海軍省・文部省の係官を同行させ、観測技術等を見聞させています。また、幕末から明治のかけて活躍した写真家上野彦馬も写真助手として同行しています。彼が撮った写真は、日本初の天体写真だとか。

 長崎で明治時代に金星の観測が行われていたことは、前々から知ってましたが、それが日面通過の観測であったことに気づかず、不覚にも記事にするタイミングを逃してしまいました。(汗)。

 長崎にはもう一か所、ジャンサン率いるフランス隊が市内金毘羅山で観測を行っており、記念碑や観測台が県の文化財に指定されています。但しこの場所、車を置いて30分ぐらい歩かないと行けません。今の時期熱中症が心配なので、涼しくjなってから取材に行く予定です。

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