大樽の滝-尊良親王縁の地
前回紹介した串島城跡の南を流れる「江の串川」を1kmほど遡ると、「大樽の滝」があります。この滝は5段になっており、下から2段目左岸に「奥の院」と呼ばれる洞窟があるらしい。その昔江串三郎が尊良親王を奉じて挙兵した時に、宮様が居られた場所であると云い伝えられています。
この場所は海岸線から近いにも関わらず、海岸からは見えない位置にあります。隠れ場所としては適地のようです。
また昔この辺りにあった「エブク寺」の修験者たちの修練場であったともいわれています。長崎と佐賀の県境にある多良山系にはその昔修験者たちがたくさんいた様で、親王が挙兵に失敗してその後大宰府に姿を現すまでの約2カ月の間、彼らの協力のもと身を隠していたとされています。
洞窟を確認したかったのですが、周囲にイノシシ除けの柵が巡っていて近づけませんでした(汗)。
現在この場所は「河川公園として整備されています。以前に比べて訪れやすくなっています。
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