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2012年5月31日 (木)

玖島(大村)城をさるく5-海城の港湾施設

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玖島城には、三の丸に付属する形で港湾施設が造られています。江戸時代、船は貴重な交通手段でしたが、大村藩領は大村湾を取り囲むように形成されているため特に重要な交通手段でした。藩主が長崎に赴くときは、ここから対岸の時津村まで船を利用することが多かったといいます。

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 船役所跡。現在は駐車場になっていますが、船着き場の突堤や石積みの護岸を見ることが出来ます。周りには船を建造・修理する施設もあったといいます。

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 御船蔵跡。元禄年間、4代藩主純長(すみなが)によって築造されました。藩主が使用する御座船をはじめ、藩の船が格納されていました。当時は屋根で覆われていたらしく、柱の礎石が残っています。左写真奥の建物の辺りが三の丸の一部で、米蔵や硝煙小屋があったとされています。長崎県の史跡に指定されています。

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 新蔵波止。貞享3年(1686)に幕府からの官米を3,000石を預かることのなり、筑前国の代官所から運び込まれることのなったとか。その米の荷揚げのために新しく造られました。

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 今でも対岸の時津・長与・大草に向かう船が1日数本出ています。

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