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2011年11月21日 (月)

小音琴匤救(きょうきゅう)道路

東彼杵町の町営バスを小音琴で下車すると、谷沿いに細い町道が走っています。その入口に「匤救道路記念碑」が建っています。

Photo Photo_2

石碑はカーブミラーの右手に小さく見えますが、こちらは旧平戸街道の道筋で、今回紹介するのは、手前から左手に伸びる町道です。(石碑の建っている場所からして、右手の道が匤救道路だと誤解されそうですが…)

昭和4年の世界恐慌以来の不景気で、日本の農村も疲弊していきます。そこで、国の補助事業として、幹線の町村道を改修して道幅を広げる工事「時局匤救事業」が昭和7年からスタートします。現在の東彼杵町内でも、数か所が事業の対象になったようです。そして昭和8年から10年ごろに完成しています。

この時局匤救事業、インターネットで調べると、いろんな所でいろんな公共事業をやっているようです。これって、日本版ニューディール政策では?

最近の学校の教科書ではどのように教えているか知らないが、私が子供の頃(三十ん年前)は、日本でもニューディール政策のようなことが行われていたなど、習った覚えがない(^-^;

 

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