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2011年11月22日 (火)

南鷹次郎博士生家跡

東彼杵町の国道205号線大音琴交差点から、漁港に降りる唯一の車道を入り、さらに左折してしばらく行くと、北海道帝国大学総長、南博士の生家跡があります。現在残っているのは石垣だけのようです。昔は生家跡を示す石柱がありましたが、今はありません。

Photo

博士は安政6年(1859)彼杵村の藩士南仁兵衛の次男として生まれました。9歳で大村藩校五教館(ごこうかん)で学び、15歳で上京、工部大学校(現東大工学部)に入学します。そして18歳のとき、札幌農学校の官費学生に選ばれ北海道に渡ります。このときの同級生に内村鑑三新渡戸稲造らがいました。

 その後明治22年に札幌農学校の教授、同32年に農学博士となり、北海道農業の発展に尽力します。

 昭和5年には第2代北海道帝国大学総長に選ばれます。そして昭和11年、78歳の生涯を閉じます。

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