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2011年11月18日 (金)

旧土肥家(商家)

長崎街道の彼杵宿と松原宿の中間に千綿宿という宿場町があります。この宿場、商業が盛んだったらしく、資料の上からも多くの商家があったことがうかがえます。

 その中の一つ、宿場北はずれ近くにこの建物はあります。建物自体は明治時代末に建てられたもののようですか、当時の商家の様子を今に伝えるたたずまいとなっています。

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土肥家は屋号を伊勢屋といい、廻船問屋を営んでいました。幕末になると、長崎の豪商大浦お慶と組んでお茶の輸出を手掛けたと伝えられています。主にロシア方面に輸出されたようです。

 現在、家の主は土肥さんではありませんが、やはり茶商を営んでおられます。

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