コメント・トラックバックについて

  • 申し訳ありませんが、以下のコメント・トラックバックは公開しないか排除させていただきますので、ご了承ください。 1.記事内容と関係のない内容のコメント・トラックバック 2.ブログのテーマに合わない内容のコメント・トラックバック 3.外国語のコメント・トラックバック 4.特定サイトへの勧誘のみのコメント・トラックバック 5.見た人を不快にさせる内容のもの 6.その他このブログに相応しくないと判断したもの

バナー

  • トレンドポスト
  • 九州沖縄の展覧会
  • 長崎の歴史と旅の遊学サイト「旅する長崎学」
    旅する長崎学
無料ブログはココログ

« 渡来仏? | トップページ | 領界石 »

2011年10月29日 (土)

長崎街道の大楠

東彼杵町立大楠小学校の正門前から少し降りると、一本の大きなクスノキが目に入る。江戸時代、ケンペルやシーボルトによって紹介された巨大なクスノキがありました。その大きさは周囲16.88m、直径5.37m、中は空洞になっていて畳8畳分の広さがあったそうです。

 地元の伝説によると、その昔弘法大師がここを通られた時、杖を田の畔にさしたまま去られたとか。すると、その杖から芽が出て枝を伸ばし、数年後には大楠に成長したそうな。

 東彼杵町出身で東洋大学の西田卯八教授は、樹齢3500年ほどで、「彼杵」の地名の語源ではないかと推察されている。

 残念ながら、当時の大楠は明治時代の中ごろ、樟脳の原料として切り倒されたそうです。その後地元の人が一本の苗を植えたとも、切り株から新しい芽が出たとも伝えられており、現在に至っています。

Photo

« 渡来仏? | トップページ | 領界石 »

東彼杵郡」カテゴリの記事

近世」カテゴリの記事

長崎街道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/580211/53111943

この記事へのトラックバック一覧です: 長崎街道の大楠:

« 渡来仏? | トップページ | 領界石 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック