ニイタカヤマノボレー針尾無線塔
ハウステンボスから西海橋方面に国道を走っていると、
巨大な3本の塔が見えてきます。国道からの入口が判り辛いのですが、勘を頼りに農道に入りました。
しばらく行くと、海上保安庁の送信施設前に出ます。ここから見ると、高さ130mを超える巨大なコンクリート製の柱が天を支えている。
この塔は、元々大正11年に完成した旧日本海軍の無線塔で、戦後は海上自衛隊と海上保安庁が共同で使用していました。現在は新しい施設が完成したため、その役割を終えています。近くには、旧海軍の施設と思われる古い建物が残っています。
子どもの頃、太平洋戦争開戦の暗号「ニイタカヤマノボレ」を送信した電波塔と聞かされていましたが、最近では、真珠湾攻撃部隊ではなく、南方部隊に送ったという説や、そもそも発信していないという説まであるようです。
« 大村純忠に殉じた武将ー小佐々弾正・甚五郎塚 | トップページ | ひさご塚古墳ー長崎県指定史跡「彼杵の古墳」 »
「史跡巡り」カテゴリの記事
- 長戸鬼塚古墳(2017.04.20)
- 善神さん古墳(2017.04.18)
- 川棚魚雷艇訓練所跡ー長崎県川棚町の「特攻殉国の碑」を訪ねる(2014.08.08)
- 筑豊の石炭王伊藤伝右衛門邸宅跡(2014.07.20)
- 口之津南蛮船来航の地(2014.03.22)
「佐世保市」カテゴリの記事
- 大野台支石墓群ー稲作農業のさきがけとなった人々の墓地(2014.03.25)
- 鬼塚古墳(佐世保市)ーひさご塚古墳の被葬者と同族?(2013.08.31)
- 針尾無線塔、国の重要文化財に指定(2013.03.12)
- 泉福寺洞穴‐世界最古の土器が出土(2013.01.08)
- 「最古の土器とその前後」-佐世保市島瀬美術センター企画展(2013.01.04)
「近代」カテゴリの記事
- 信徒発見ー国宝大浦天主堂(2015.03.17)
- 川棚魚雷艇訓練所跡ー長崎県川棚町の「特攻殉国の碑」を訪ねる(2014.08.08)
- 筑豊の石炭王伊藤伝右衛門邸宅跡(2014.07.20)
- 日本茶輸出貿易の先駆者ー大浦けい居宅跡(2014.02.07)
- 孫文先生故縁の地ー東洋日の出新聞社跡(2014.02.03)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント